熱中症対策が義務化へ―― 対象は“労働者”に限られない。 企業に求められる「人を守る仕組み」とは(2025/5/13)
2025年6月1日、厚生労働省は労働安全衛生規則を改正し、
熱中症の早期発見・重篤化防止を目的とした対策を、罰則付きで義務化しました。
現場で働く人々の命と健康を守るうえで重要な改正ですが、
本制度には見落としやすいポイントがあり、
企業の人権責任(BHR=ビジネスと人権)の観点からも、極めて重要な意味を持っています。
🔷 改正内容の概要
今回の改正省令では、以下のような環境下で作業が行われる事業場に対し、具体的な対応が義務付けられます。
▪ 対象となる作業環境
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WBGT(湿球黒球温度)28℃以上
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または気温31℃以上
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かつその環境で連続1時間以上、または1日4時間以上の作業が見込まれる場合
▪ 事業者に課される主な義務
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報告体制の整備と周知
この義務は、以下の条文に明記されています:
> 労働安全衛生規則 第612条の2 第1項
> 「事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の者が発見した場合にその旨を報告させる体制を整備し、当該作業に従事する者に対し、当該体制を周知させなければならない。」
現場での「報告しやすい体制」と「明確な連絡ルートの周知」が義務として課されている点に注意が必要です。
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作業離脱・冷却・医療搬送等の対応手順の作成と実施
🔶注目すべきポイント:「作業に従事する者」とは
この改正で特に注意が必要なのは、
条文上の対象が「作業に従事する者」とされ、「労働者」に限定されていない点です。
つまり、対象となるのは正社員やパート・アルバイトに限らず、現場にいるあらゆる作業従事者です。
たとえば以下のような方々も対象になります:
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派遣社員(派遣元ではなく受け入れ先が管理)
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委託業者の作業者(清掃、警備、搬出入など)
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協力会社の建設作業員
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技能実習生やインターンなどの非正規雇用者
「誰が雇っているか」ではなく、「誰がその作業場で作業しているか」によって義務の範囲が決まるという点は、企業の安全配慮義務において非常に重要です。
🔷人権リスクと企業責任:BHRの視点から
私はBHR(ビジネスと人権)推進社労士として、
この制度改正は単なる「安全衛生対策の強化」にとどまらず、企業の人権尊重責任の強化であると認識しています。
とくに、以下のようなリスクに注意が必要です:
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自社社員のみを対象とし、委託先作業員や外国人技能実習生が報告体制の対象外になっている
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現場に誰がいるかの把握が不十分で、緊急時に対応が取れない
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熱中症の兆候を申し出た派遣社員に対して、責任の所在が不明確で対応が遅れた
これらはすべて、ILO基準や国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に照らしても、人権配慮の不備と捉えられる可能性があり、CSR評価やサプライチェーン監査への影響も懸念されます。
🔶企業が取り組むべき対応
✅ 推奨される実務対応
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「誰でも報告できる」体制の整備(労働者・非労働者を問わず)
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多言語・視覚的に伝わる周知資料の作成
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協力会社・派遣元との安全衛生連携契約の明確化
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現場作業者全員のリスト作成と緊急連絡体制の確認
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定期的な教育と訓練の実施(模擬対応含む)
これらの対応は、「人命を守る仕組み」の構築であり、企業の信頼性そのものに直結する施策です。
🔷まとめ:条文を読んで終わらせない、「実効性ある仕組み」を
報告体制は“つくるだけ”では意味がありません。
現場で働くすべての人が、迷わず報告し、すぐに対応されるためには、組織としての備えと周知、そして教育が不可欠です。
「作業に従事する者」という表現は、まさに現場で命を預かるあらゆる人を守るためのもの。
この趣旨を正しく受け取り、企業の実務に落とし込むことこそが、法令順守と人権尊重の両立につながります。
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