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【企業が知っておくべき】DV被害と「ビジネスと人権」――ILO190号条約と企業の対応義務とは?(2025/6/1)

■ はじめに:ビジネスと人権の視点から見るDV対応

近年、「ビジネスと人権」という考え方が企業経営において重要なキーワードとなっています。これは、企業活動が人権に与える影響について、国際的な視点から責任ある対応を求めるものです。

その中でも、見落とされがちなのが「職場におけるDV(ドメスティック・バイオレンス)被害への対応」です。これはプライベートな問題に見えますが、企業としても無関係ではいられません。

この記事では、弁護士・水谷英夫先生による解説(※『ビジネスガイド』2023年10月号掲載)を参考に、国際的な基準と日本の現行制度の違い、企業に求められる対応についてご紹介します。


■ 日本の法律と企業の「安全配慮義務」

日本の法律では、DV防止法が整備されていますが、企業にDV被害への対応を直接義務づける明文規定は存在しません
ただし、労働契約法第5条にある「安全配慮義務」により、企業は労働者が心身ともに安全に働けるよう配慮することが求められています。

この「配慮」には、DV被害による精神的ストレスへの対応、休職・時短勤務などの柔軟な働き方の支援も含まれると解釈されています。

■ 国際基準:ILO190号条約と206号勧告のインパクト

注目すべきは、**国際労働機関(ILO)で2019年に採択された「ILO190号条約」および「206号勧告」**です。

この条約では、職場における暴力やハラスメントをなくすための措置を加盟国に求めており、家庭内暴力(DV)も「仕事の世界における人権課題」として正式に位置づけられています

企業がとるべき対応に関して、以下の条文が定められています(※強調は筆者による):


ILO190号条約 第10条(f)

(f) recognize the effects of domestic violence and, so far as is reasonably practicable, mitigate its impact in the world of work;

日本語訳:

(f) 家庭内暴力の影響を認識し、及び合理的に実行可能な限り、仕事の世界におけるその影響を緩和すること。


ILO206号勧告 第18項

Appropriate measures to mitigate the impacts of domestic violence in the world of work, referred to in Article 10(f) of the Convention, could include:
(a) leave for victims of domestic violence;
(b) flexible work arrangements for victims of domestic violence;
(c) protection for victims of domestic violence against dismissal, as appropriate, except where the reasons for dismissal are unrelated to domestic violence and its impact;
(d) the inclusion of domestic violence in workplace risk assessments;
(e) a referral system to public mitigation measures for domestic violence, where they exist;
(f) awareness-raising about the effects of domestic violence.

日本語訳:

条約第10条(f)に規定する家庭内暴力が仕事の世界に及ぼす影響を緩和するための適切な措置には、次の事項を含めることができる:
(a) 家庭内暴力の被害者のための休暇
(b) 家庭内暴力の被害者のための柔軟な就業形態
(c) 適当な場合には、家庭内暴力の被害者の解雇(家庭内暴力およびその結果とは関連しない理由による解雇を除く)からの一時的保護
(d) 職場の危険性の評価に家庭内暴力を含めること
(e) 家庭内暴力の公的な緩和のための措置が存在する場合には、当該措置を紹介する制度
(f) 家庭内暴力の影響についての啓発


このように、ILO条約および勧告は、家庭内暴力が職場環境にもたらす影響を明確に認識し、雇用主に対して具体的かつ実践的な対応を求めていることが分かります。

■ しかし、日本はILO190号条約をまだ批准していない

残念ながら、日本はこのILO190号条約を未だ批准していません。そのため、国内法の整備や企業の実務対応が国際基準に追いついていないのが現状です。

とはいえ、グローバル展開を目指す大手企業にとっては、国際社会の期待に応える姿勢がますます重要となっています。CSR(企業の社会的責任)やESG投資の観点からも、人権対応の遅れは企業リスクとなり得るのです。


■ 企業に求められる行動:信頼される職場環境づくり

ILO基準を念頭に置いた対応を取ることで、従業員にとって「いざというときに守ってくれる会社」という信頼感を醸成できます。これは、DV被害者のみならず、子育て・介護・セクシュアルマイノリティなど多様な背景を持つ従業員にとっても安心できる職場づくりにつながります。

今後、日本企業においても「国際人権基準を先取りした対応」がスタンダードになるでしょう。

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■ 参考文献

本記事の内容は、弁護士・水谷英夫先生(仙台弁護士会所属)による『ビジネスガイド』(2023年10月号)掲載記事「従業員がDV被害を受けていたら…企業がとるべき対応」を参考に構成しています。


■ まとめ


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