【BHR社労士の視点】ILO190号条約と日本のカスタマーハラスメント防止法制の前進(2025/6/18)
― 「ビジネスと人権」の観点から企業に求められる実効的対応とは ―
2025年6月、日本のハラスメント対策が新たなフェーズへと進みました。
労働施策総合推進法の改正により、顧客や取引先など「職場外の第三者」によるハラスメント、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)への対応が、ついに事業主の義務として明文化されたのです。
この動きは、2019年に国際労働機関(ILO)で採択された**「仕事の世界における暴力およびハラスメントに関する条約(190号条約)」**の理念と一致するものです。
ILO190号条約は、すべての働く人々が尊厳と自由のもとで安全に働けるよう、「暴力およびハラスメントの禁止」と「第三者による被害の防止」を求めており、まさに「ビジネスと人権(Business and Human Rights)」の国際的スタンダードです。
国際条約(ILO190号)と日本の法整備の関係
ILO190号条約は、職場における暴力やハラスメントの根絶を目的とした条約で、日本政府も2019年の採択時に賛成票を投じました。
しかし、日本では長らく、顧客や取引先といった**「第三者によるハラスメント」**については、明確な法的義務が課されていませんでした。
ところが今回の2025年改正により、ようやくその空白部分に対する規定が盛り込まれ、ビジネスと人権の観点から重要な前進となりました。
カスハラ防止が“努力義務”から“法的義務”へ
2019年の労働施策総合推進法の改正時には、カスハラ対策については以下のような位置づけでした:
パワハラ指針において、「顧客等からの著しい迷惑行為」への対応が望ましいと記載
他の事業主が雇用する労働者や取引先からの迷惑行為にも配慮することが望ましいとされた
相談体制や教育・マニュアル整備などが**“有効と考えられる”**取組みとされた
つまり、“義務”ではなく、あくまで“努力義務”の範疇でした。
2025年改正で何が変わったのか?
今回の法改正により、以下の3つの点が明確化されました(労働施策総合推進法33条):
① カスハラ対応が「事業主の義務」に
職場において、顧客・取引先・施設利用者等による言動が社会通念を超え、労働者の就業環境を害することのないよう、
相談体制の整備、抑止措置(研修・掲示・マニュアルなど)を含む必要な対応を取ることが法的に義務化
② 相談・協力者への不利益取扱いの禁止
労働者が相談したこと、対応に協力したことを理由に
解雇・配置転換・評価減などの不利益取扱いを禁止
③ 他の事業主との協力努力義務
被害確認などに必要な調査や対処の際、加害側企業にも相応の協力を求めることが可能
他事業主はそれに応ずるよう努めなければならない
なぜBHR(ビジネスと人権)の観点が重要なのか?
企業活動における人権尊重は、今や法令遵守の枠を超え、ESG経営や国際サプライチェーン管理の核心的テーマとなっています。
ILO190号条約への日本の賛成と、今回の法改正は、まさに**「人権尊重の義務を企業に課す」流れの一環**であり、
以下の点で「ビジネスと人権」の原則と深く結びついています:
人権デューデリジェンス(人権リスクの特定・防止)
苦情処理メカニズムの整備
ステークホルダー(従業員・取引先・消費者)への説明責任
現場はどう動くべきか?―社労士の立場から
企業の現場では、以下のような対応が急務です:
就業規則や社内規程の見直し(カスハラ明記)
研修の実施と抑止策(例:注意喚起ポスター)の整備
相談窓口の明確化と周知
相談者・協力者保護のルールの導入
これらの措置は、単なる“法対応”にとどまらず、従業員が安心して働ける環境を築くための**企業の「人権責任」**の一部であることを、BHR推進社労士として強調したいと思います。
最後に――専門家の発信に光を
今回の解説内容は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)副主任研究員・内藤忍 氏による労働新聞寄稿をベースに再構成したものです。制度の背景と実務上の要点を分かりやすく整理されており、法制度と実務の橋渡しを行う専門家としての存在は今後さらに重要になってくるでしょう。
ILO190号条約が掲げる「尊厳ある労働」の実現に向け、私たち社労士もまた、BHR推進の担い手として役割を果たしていく必要があります。
みなさんの職場では、カスタマーハラスメントに対する備え、万全ですか?
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