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【社労士の視点で読み解く】骨太の方針2025と「ビジネスと人権」──企業の未来は人を大切にする経営から(2025/6/20)

政府は「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太の方針)」を閣議決定しました。今後5年間で、日本全体の賃金が物価上昇を上回るような“構造的な賃上げ”を社会の常識(ノルム)として根付かせる方針です。

その中では、中小企業・小規模事業者の支援、生産性向上、柔軟な働き方の推進、リスキリングの強化などが打ち出されました。これらの施策は、単なる経済成長のためではなく、「ビジネスと人権(BHR)」の観点からも非常に重要な意味を持ちます

ここでは、BHRを推進する社労士の視点から、骨太方針を人権の観点で読み解き、3つの視点で補足してみたいと思います。



1.「価格転嫁の推進」は、働く人の人権を守る仕組みの見直し

骨太の方針2025では、「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」の中で、価格転嫁の促進や取引の適正化がはっきりと打ち出されました。

これは、下請け企業や地域の中小事業者がきちんと利益を得て、従業員に対する賃金支払いに余裕を持てるようにするための施策です。しかしそれだけでなく、サプライチェーンにおける人権課題の是正という側面も持っています

たとえば、元請企業が下請企業に一方的に価格を押し下げるような取引構造は、現場で働く人の賃金や労働環境に直接的な悪影響を及ぼします。これは、ILOが警鐘を鳴らす「底辺への競争(race to the bottom)」の典型例とも言えるでしょう。

企業には、取引先との公正な関係を築く姿勢が求められています。価格交渉は、単なるコストのやり取りではなく、サプライチェーン全体で人権を守るための出発点でもあるのです。



2.「柔軟な働き方」を認めない職場こそが、見直されるべき

今回の骨太方針では、「多様で柔軟な働き方の推進」も重要な柱の一つです。これは、育児・介護・病気や障害、ライフステージの変化など、さまざまな事情を抱える人々が安心して働ける社会の実現に向けた動きでもあります。

柔軟な働き方を認めることは、従業員一人ひとりを大切にすることそのものです。それを認めない、あるいは認められない職場には、大きな課題が潜んでいます。

よくあるのが、「特に不満の声は出ていない」「誰も文句を言っていないから大丈夫」という企業側の認識です。ですが、実際には多くの従業員が我慢しているだけかもしれません。
声を上げられない環境こそが、最も危険な兆候です。

企業には、そうした“沈黙の中にある不安”を見落とさずに、制度だけでなく、働く人の声に耳を傾ける風土づくりが求められます。柔軟な働き方は、「企業が特別に配慮すること」ではなく、これからの時代の“あたりまえ”です。



3.非正規雇用にも、平等な「学び」のチャンスを

政府は、AIやデジタル技術の発展に対応するため、リスキリング(学び直し)支援を大きく打ち出しています。特に、非正規雇用の方にも職業訓練をオンラインで受けられる環境を整備するという点は、大きな前進といえます。

しかし現場では、依然として「非正規だから教育は不要」「学ばせても長く勤めないだろう」といった扱いが存在することも事実です。

これは、ILO第111号条約(雇用および職業における差別の撤廃)で示されている通り、教育訓練の機会における不平等は明確な差別に当たる可能性があります

正規・非正規にかかわらず、すべての働く人に学ぶ権利と成長の機会を提供すること。これが、人権の尊重に根ざした企業経営の土台であり、長期的に企業の競争力にもつながっていくはずです。



最後に──企業の皆さまへ問いかけます

政府の方針に込められた意図の奥には、“人を大切にする社会”への変化の兆しが見えてきます。
「ビジネスと人権」という視点を、企業経営の中にどう取り入れるか──今こそ、その姿勢が問われています。


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