【ビジネスと人権】「伝わる」が、「守られる」につながる ――翻訳・通訳を超えた“言語の保障”という人権 外国人労働者と人権 第21回(2025/7/15)
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制度は日本語で作られ、
契約書も日本語で交わされ、
指示も、注意も、相談も日本語で行われます。
では、本当に伝わっているでしょうか?
「通訳がいるから大丈夫」ではなく、
育成就労制度における「言語の保障」について、
人権の視点から考えてみましょう。
🧭 言語は“理解される権利”の前提
育成就労制度の基本構造では、雇用契約・就業規則・育成計画、そして安全衛生や労働条件に関する説明など、
全ての場面で“本人が理解している”ことが大前提となっています。
しかし現実には、次のようなケースが見られます:
現場での実例 |
問題の本質 |
就業規則を渡したが、翻訳がない |
労働条件の理解が不十分なまま就労 |
安全指示を口頭で出すが通訳が不在 |
危険回避行動が取れない |
雇用契約書が日本語のまま |
契約内容を正確に理解していないまま署名 |
これでは、「知る権利」も「守られる権利」も機能しません。
📘ILO・国際基準も「言語アクセス」を重視
国際労働機関(ILO)や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、
「言語の壁が人権侵害を助長する」と明示しています。
特にILOの報告書では、次のように強調されています:
「情報へのアクセスは、言語的・文化的な障壁を考慮しなければならない」
─ ILO General Principles and Operational Guidelines(2011)
🛠 企業に求められる実務対応
「翻訳された資料があるか?」だけでは不十分です。
必要なのは、「理解できたかどうかを確認する仕組み」です。
項目 |
推奨される実務 |
契約書 |
本人の言語で翻訳を交付/読み合わせの実施 |
安全指示 |
翻訳アプリやピクトグラム(図解)を併用 |
就業規則 |
わかりやすい言葉で書かれた翻訳版を整備 |
相談対応 |
通訳者の確保、または母語で相談できる外部窓口との連携 |
研修資料 |
動画・イラスト・音声など多様なメディアで補足 |
💬日本語教育だけでは足りない
もちろん日本語教育は大切です。
しかし、就労初期の段階ではまだ十分に理解できる状態にはありません。
だからこそ、「伝えたつもり」を排除し、“理解されたかどうか”に主眼を置くことが制度運用の肝になります。
⚠️言語の壁は、ハラスメントや離職の原因にもなる
職場のハラスメント問題において、コミュニケーション不足は大きな要因のひとつです。
日本人同士であっても、一方的な指示やすれ違いがハラスメントを生み出すことはあります。
そこに言語の壁が加われば、指導と威圧の境界はさらに曖昧になります。
受け入れ企業や管理者は、「伝わらないこと」が人権侵害に直結するリスクを認識すべきです。
さらに、**「何を言われているかわからない」「誰にも相談できない」**という孤立感が続けば、
離職や失踪といった深刻な事態にもつながりかねません。
言葉の保障は、安全と尊厳だけでなく、定着と継続就労のカギでもあるのです。
🧭BHRの視点:言語の保障は“人として尊重されること”
言葉が通じない状態は、単なる不便ではありません。
「自分の意思が伝えられない」
「相手の意図が理解できない」
──これは、人間としての尊厳を損なう状態です。
BHRの観点では、言語の保障は次のような人権に直結しています:
人権の側面 |
関連する行為 |
自己決定権 |
契約内容や進路選択の理解 |
安全に働く権利 |
危険の回避、手順の習得 |
救済へのアクセス |
相談・苦情申立ての可視化 |
差別の禁止 |
言語による排除の防止 |
✍️BHR推進社労士からのひとこと
「通訳をつけたからOK」ではありません。
本当に大切なのは、「この人に伝わっているか?」という視点です。
そしてもう一つ、「伝わらないことで不安や緊張が生まれ、それがハラスメントや離職につながるかもしれない」
というリスクにも敏感であるべきです。
私は、現場の言語課題を放置せず、伝わる設計・わかる資料・つながる支援を進めていきたいと考えています。
✍️この記事を書いた人
烏脇 直俊(からすわき なおとし)
BHR(ビジネスと人権)推進社労士 / 外国人技能実習制度 外部監査人 / 行政書士(有資格・未登録)
外国人技能実習制度・育成就労制度を「人権の観点」から支援することを専門とする社会保険労務士。
監理団体・企業・自治体と連携し、制度対応から実務改善、職場の人権環境整備まで幅広くサポート。
「制度を“使う”だけでなく、“活かす”時代へ。」
制度改革に前向きに取り組みたい方は、どうぞお気軽にご相談ください。
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