なぜ自治体にBHRが必要なのか ―現場の判断を“仕組み”で支えるという考え方― BHR推進社労士の視点(2026/4/4)
日々の業務の中で、「この対応で本当に良かったのだろうか」と感じたことはないでしょうか。
地方自治体は、住民の生活に最も近い公共主体として、日々さまざまな行政サービスを提供しています。
生活保護、障害福祉、高齢福祉、教育、外国人対応など、その業務はいずれも人の生活や尊厳に深く関わるものです。
こうした中で近年、「BHR(ビジネスと人権)」という考え方が注目されるようになってきました。
もっとも、この言葉自体は、まだ自治体の現場ではあまり馴染みのあるものではないかもしれません。
しかしその内容は決して特別なものではなく、これまで現場で大切にされてきた視点と深くつながるものです。
国の方針として求められる人権への取組
日本政府は、「ビジネスと人権に関する国家行動計画(2026-2030)」を策定し、人権尊重の取組を社会全体に広げていく方針を示しています。
この計画は企業だけを対象とするものではなく、公的機関も含めた取組が前提とされています。
地方自治体は、地域社会において大きな影響力を持つ存在であり、その業務のあり方は住民の生活に直接的な影響を及ぼします。
その意味で、BHRへの対応は「余裕があれば取り組むもの」ではなく、すでに求められている課題の一つといえるでしょう。
公共調達を通じたもう一つの役割
地方自治体は、自らの業務を遂行する中で、多くの業務を民間事業者へ委託しています。
清掃、建設、介護、給食、システム開発など、いわゆる公共調達は地域経済に大きな影響を持つ仕組みの一つです。
この点から見ると、自治体は単にサービスを提供する主体であるだけでなく、調達を通じて地域企業の行動に影響を与える立場にもあります。
地方自治体は、公共調達を通じて、地域企業に対しBHRの取組を促していく立場にあります。
特に、労働集約型の委託業務においては、その影響は小さくありません。
一方で、このような観点から公共調達を見直し、BHRの視点を具体的に取り入れている自治体は、現時点ではまだ限られているのが実情です。
そのため、まずは内部の取組を整えた上で、無理のない範囲から外部にも広げていくという視点が重要になります。
自治体におけるBHRは「自浄作用」である
BHRというと、外部への対応や評価というイメージを持たれることもあります。
しかし、自治体においてはまず、組織の内側に目を向けることが重要です。
日々の業務の中には、人権に関わる判断が数多く存在しています。
それらは特別な場面ではなく、ごく日常的な業務の中にあります。
BHRにおける人権デューデリジェンスは、こうした業務の中にあるリスクを見える形にし、問題が起きる前に対応していくための考え方です。
これは新しい負担というよりも、職員を守り、組織の信頼を維持するための仕組みといえるのではないでしょうか。
福祉部門における一つの例
私自身、福祉部の中で生活保護を担当する課に所属し、業務に携わってきました。
また、同じ部門には障害福祉課や高齢福祉課といった、それぞれ異なる役割を担う部署が存在します。
いずれも住民の生活や尊厳に深く関わる重要な業務ですが、担当する制度や立場が異なれば、見えている課題や優先される視点も自然と異なってきます。
そのため、
- 同じ相談者に関わっていても、課ごとに判断の視点が異なる
- 制度の違いから、対応の方向性に差が生じる
- 連携の中で調整が必要になる場面がある
といったことは、日常的に起こり得ます。
多くの職員は、その中で丁寧に調整しながら、より良い対応を模索しています。
一方で、状況によっては、各課がそれぞれの制度や役割に基づいた考え方を優先するあまり、結果として業務の整理が難しくなり、対応の所在が分かりにくくなることもあります。
そのような場合、意図せず相談者が複数の窓口を行き来することになり、負担が大きくなってしまうことも考えられます。
もちろん、その過程で問題が解決されることもありますが、必ずしもそうとは限りません。
こうした場面は、個々の判断の問題というよりも、制度ごとに視点が分かれやすい構造によって生じている側面があります。
その結果として、内部の整理や制度上の整合性が優先されやすく、相談者の立場から見たときに、分かりにくさや負担が生じる可能性があることも否定できません。
人権指針と現場との距離
多くの自治体では、すでに人権に関する指針や基本方針が整備されています。
それ自体は非常に重要な取組です。
しかし、現場の業務とどの程度結びついているかという点では、必ずしも十分とは言えない場合もあります。
理念としての人権尊重が示されていても、
- どの業務にどのようなリスクがあるのか
- 誰がどのように確認するのか
- 改善につなげる仕組みがあるのか
といった具体的な運用まで落とし込まれていなければ、日常業務の中で活用されにくくなってしまいます。
その結果、大切な方針でありながら、実務の中では十分に機能しない場面も生じ得ます。
BHRにおける人権デューデリジェンスは、この理念と実務の間をつなぐ役割を持っています。
まずは言葉ではなく中身から
現場の実情として、BHRという言葉自体が広く共有されているとは言えません。
課長職や部長職であっても、日常業務の中で触れる機会は多くないのが現状です。
そのため、まず必要なのは新しい言葉を広めることよりも、すでに行われている業務との関係を整理することです。
BHRの考え方は、例えば次のように言い換えることができます。
- この業務は誰かに不利益を与えていないかを事前に考える
- 問題が起きたときに、個人の責任だけにせず仕組みとして見直す
- 同じ問題を繰り返さないように、記録し、改善につなげる
これらはすでに多くの職員が大切にしている視点でもあります。
BHRとは、それを個人の努力に委ねるのではなく、組織として支える形にすることにほかなりません。
おわりに
地方自治体は、人権を守る側の存在であると同時に、その業務のあり方によっては人権に影響を及ぼし得る立場にもあります。
また、公共調達を通じて地域社会にも影響を持つ存在です。
だからこそ、まずは内部の業務を見直し、その上で外部にも取組を広げていくことが重要になります。
BHRは、特別な取組ではありません。
これまで現場で積み重ねられてきた努力を見える形にし、継続的に機能する仕組みにしていくための考え方です。
まずは自分たちの業務を少し違った視点で見直してみること。
その一歩が、よりよい行政サービスと、住民の信頼につながっていくのではないでしょうか。
